Grape’s diary

自分が感じたことや有益な情報をみなさんと共有したいです。

強風の追い風で飛べる。

 

今日はとても風が強い日である。


強風の中の強風である。

 

ニュースでは爆弾低気圧というワードが飛び交っていた。

 

そんな今日、いつも通勤で通る歩道を歩いていた。

 

そしたら「ドンッ!」と誰かに押されたかと思えば風である。

 

よくある「ビュウー!」とかの風ではない。

 

「ドンッ!」の風である。

 

そのときあまりの風の力に低姿勢を保ったほどだ。

 

この強風に押された瞬間、こんなことが頭によぎった。

 

「なんか飛べそうやな。」

 

少しの追い風だとせいぜい「あぁ、歩くの楽だなぁ」と感じるほどだろう。

 

しかし今回の強風は違う。

 

下手をすれば足をすくわれるほどの浮遊感を感じさせる。

 

私はこの発見に興奮したのか両足を手のひらにつけるようにしてみせた。

 

感覚としては1秒は長く浮遊していたはずだ。

 

この飛んでいるところを誰かに見られていたら恥ずかしいの極みであるが、そんなのお構いなしに私は飛んでいた。

 

ここで私の日常の特性について述べておきたい。

 

私は普段から刺激を求めて生きている。

 

つまり慣れきったことがあまり好きではなく退屈に感じてしまう。

 

この特性から日常の中に新しいことを見つけようと意識している。

 

そのためこの強風を活かして何か挑戦できないかなと考えた。

 

思いついたのが強風のなか腰を落とさず向かい風に立ち向かうことである。

 

ここで注目したいのが「腰を落とさず」というところだ。

 

みなさんこれまでに向かい風のなか走ったり歩いたりしたことがあるだろうが大半が低姿勢である。

 

なぜなら重心を低くすることで踏ん張りが効くからだ。

 

強風の中なら、より腰が低くなるだろう。

 

ここで想像してみてほしい。

 

あなたがこれまで感じた強風の向かい風で腰を落とさず歩く姿を。

 

おそらくそれを対面から見たときある種の神々しさがあるだろう。

 

この神々しさは他の人が腰を落とすなか強風も何も感じていないかのような姿が仙人にも似たものを感じさせるのかもしれない。

 

そして私はこれを実践したのだがまさしく他人には持たぬ力強さ、何かを超越したかのようなモノを感じた。

 

優越感にも似た感覚である。

 

こんなことで優越感を得ているなんて愚かだと思うかもしれないが、その通りである。

 

それは置いといて、私の姿を見たものは恐れおののく何かを感じたはずである。

 

こんなことを普段の日常生活から探し出して自己満足する人生も悪くないと思っている。

 

みなさんの周りにも自分なりに工夫すれば面白いことが山ほど転がっていると思う。

 

また何気ないところから面白い挑戦を発見していきたい。

 

 

 

 

告白後の気まずさ。

 

みなさん、告白をしたことがあるだろうか?

 

成功して甘い果実を手に取る人や失敗し絶望を味わう人もいるだろう。

 

ここで成功の話をしても何か味気ないのであえて失敗したときのことを論じていきたい。

 

告白が失敗、、、

 

これほどの絶望を味わえるのは告白をしたものだけだ!!っと、格言もどきのことを言いつつも

「そんなのいらねぇーよ」と思うのが人間のタチだ。

 

なんていっても「絶望」。

 

希望を絶たれるのだから。

 

告白が上手くいかずケラケラしてるのはよっぽど質の悪い告白だと思う。

 

自論だが、この「絶望」というのも段階があると考えている。

 

まず第一の絶望は「断られること」である。

 

これは辛い。なんといっても辛い。

辛い以外の言葉が見つからないぐらい辛さ。

圧倒的に落ち込む。

 

目の前が真っ暗になる。

背骨を引き抜かれたかのような脱力感。

 

これだけでも十分といっていいほど人間を追い込む。

 

しかしそのあとに第二の絶望が迫りくる。

 

それは「告白後の気まずさ」である。

 

これはそれまで自分が積み上げてきた関係を意図も簡単に破壊してしまう、恐怖の極みである。

 

第一の絶望は比較的、瞬間的な絶望である。

対して第二の絶望は驚くほど長い。下手をすれば関係を修復困難なレベルまでに追い込む。

 

この絶望の感じ方は人それぞれであるが、愛する気持ちが大きいほどダメージが強い。

いずれにせよ、その日に立ち直ることは難しいだろう。

 

こうなるなら「初めから愛さなければよかった。」と思うかもしれない。

 

しかし「愛さずにはいられない」のが人間であるというジレンマが存在するのだろうか、、、

 

実にもどかしいものである。

 

これまでに失敗からの絶望、そしてそれの「痛み」に関して論じてきたが

これを理解してながらも果敢に告白する人は偉大なチャレンジャーであることはしっかり述べておきたい。

 

今、絶望の淵にいる人にこの言葉を記して〆たいと思う。

 

誰かがこんな言葉を言っていた。

 

「絶望から踏み出す一歩は力強い」と。

 

 

 

 

 

背伸びが最高に気持ちいい。

 

最近、「背伸び」にはまっている。

 

この背伸びというのは実に気持ちがいい。

 

バスケットボールがゴールの枠にぶつからず入るぐらいの快感である。

 

あと身長も伸びるといわれている。

 

私はこの身長を伸ばすため始めたが最近では快感のためにしている。

 

起床後、昼間、寝る前にかかさずしているがなんといっても起床後が抜群に気持ちがいい。

 

やり方は「全力で身体を伸ばす」である。

 

嘘だと思ってやってみてほしい。

 

「自分の身体ってこんなにも伸びるんだー」と思うはずである。

 

身長を伸ばす方法としてさまざまな例が挙げられる。

 

牛乳を飲む、サプリメントを飲む、適度な運動をとる、よく寝る。

 

などなどたくさんの方法がある。

 

 

牛乳をとる理由としてはカルシウムがあげられる。

 

サプリメントではアルギニン、亜鉛をとると効果的だろう。

 

また、適度な運動をすることで骨に刺激を与え睡眠の質を高める。

 

そして一番大事なのが、よく寝ることである。

 

欲を言えば10~11時のエンジェルタイムに寝ることをおススメする。

 

成長ホルモンがよく出るのだ。

 

ここで睡眠の質を上げる方法をいくつかあげておく。

 

また就寝前にパソコン、ゲーム、スマホなどのブルーライトを見るのは睡眠の質を妨げる原因である。

 

これらを行うのは就寝の1時間前にはやめておきたい。

 

食事に関しても就寝する2~3時間前にはすましておいたほうがいいだろう。

 

胃が消化のため活動してしまいこれもまた睡眠の質を下げてしまう。

 

身長を伸ばすための方法をいくつか並べたが、私がおすすめするのは

 

口うるさいかもしれないが「背伸び」である。

 

言ってしまえばいつでもどこでも出来てしまう。

 

おまけに眠気を吹き飛ばしたり、活力を与えてくれることもある。

 

リラックスすることだってある。

 

 「背伸び」の効果を利用できていない人は案外多い。

 

それは非常にもったいないと思うのだ。

 

いいこと尽くしなのでぜひ日常の中に取り入れてほしい。

人混み疲れの疲労は異常。

 

 

私が住んでいるところは都会ではない。

 

つまり人があまりいない。

 

人はいないが自然は豊かである。

 

それが普通の中生きている私はちょっとでも都会や繁華街に行くと頭が痛くなる。

 

なぜか疲れるのである。

 

私は特に特別なことはしておらず、ただ突っ立っているだけである。

 

そして疲れるのである。

 

人混み酔いとでも言おうか。

 

これは私だけなのかな?

 

よくそういうのは「すぐに慣れる」というけれども一向に慣れる気配がない。

 

こんな体質な私であるが皮肉なことに「人がにぎわった所」が大好きである。

 

これは何とも言えない苦しみ。

 

我が欲求の解消のため繁華街などに行くが「酔うのである」。

 

ここで私はこう思うのである。

 

「なぜ都会で住んでいる人は平気なのだろうか?」

 

私が人混みで酔うときの感覚はトンボを捕まえる時を想像してほしい。

 

トンボは360°見えている。

 

そんなトンボを正面から捕まえようとしても無駄である。

 

危機を察知しすぐさま逃げるだろう。

 

そこでこうする。

 

人差し指をグルグル回しながら接近し、酔わしてから捕まえるのである。

 

私にとっては この接近行為=人混み が成立している。

 

にぎわっているところが好きな私は酔わない人を心底うらやましく思う。

 

それよりも、なぜ人混みに入ると酔うのかを解明したいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寝起きは、機嫌がわるくなる。そしてこうなる。

 

みなさん寝起きにパンチされたら怒りますか?

 

私は怒ります。

 

それは寝起きから3時間たった私からみたときまるで目を当てられない姿だと思います。

 

というのも普段の生活でパンチされてもおそらく2倍、いや3倍ほどでやり返すほどでしょう。

 

しかし寝起きは違います。

 

少なくとも15倍では、やり返します。

 

いったいなぜでしょう?

 

なぜ寝起きはこんなにも機嫌が悪くなるのでしょう?

 

こう考えだしたのもつい最近、こんなことが起きたからです。

 

それは自分でも怖くなりました。

 

私はいつも寝る前に目覚ましをかけます。

 

これはみなさんも同じだと思います。

 

私はとても心配症です。

 

だから スヌーズ という機能をつけます。

 

スヌーズとは目覚ましを止めてからでも設定をオフにするまで一定の時間が来れば音がなる非常に優れた機能です。

 

これで寝坊することはないといってもいいでしょう。

 

大事な日をトチルこともありません。

 

私は毎日スヌーズを使っています。

 

おかげで少なくとも3回は、音が鳴っても起きなくなりました。

 

これでスヌーズ設定を忘れたら120%寝坊する身体を身につけました。

 

これはいいことではないかもしれませんが私にとってはいいことなのです。

 

ちょっとなにを言ってるわからないと思います。

 

でも安心してください、私もわからないです。

 

それはさておき私はスヌーズを使わずにはいられないのです。

 

スヌーズ中毒とでも言いましょうか。

 

そんなスヌーズにも私にとって一つだけ難点があります。

 

音です。

 

音が大きいのです。

 

まったくもって当たり前です。

 

しかしこれが5回,6回と鳴ると怒りのマグマがたまり始めます。

 

自分でセットしといてマグマがたまるとか言ってるのはまさに愚の骨頂。

 

しかし、なんといっても睡眠中から寝起きは機嫌が悪いのです。

 

そして迎えた8回目、私のボルケーノは大爆発。

 

私の脳から「ピキッ、、、」っと高めの音がしました。

 

そのとき自我が吹っ飛びました。

 

私が私でなくなったのです。

 

気づいたら目覚ましの頭にあるスイッチを拳で「ドンッ!!!」としていました。

 

恐ろしい怪力です。

 

寝起きの人間とは思えない力が宿りました。

 

そしてもちろん壊れました。

 

なんなら頭のスイッチが目覚ましに、めり込んでいました。

 

我に返った私は猛反省です。

 

こんなことがあったので「私は二度とスヌーズにしない!!!!」といいたいところですが、

 

120%、スヌーズなしでは起きれないため手の届かないところに目覚ましを置こうと思います。

 

 

 

 

 

現代の孤独について語る。

 

 

現代人は常に孤独と不安のなか生きています。

 

社会学者の「リースマン」は社会的性格を三類型に分類しました。

 

 

・伝統志向型

 

・内部指向型

 

・他人指向型

 

このようにです。

 

「伝統志向型は社会の伝統や慣習に従うことを行動の基準にします。

内部指向型は自己の内的な確信や良心に従って行動します。対して 

他人指向型は周囲の他人やマス・メディアを行動の基準または指針とします。」

 

 

そして現代人はこの他人指向型に当てはまります。

 

 

「このタイプは、自分の信念を貫くことよりも他人とうまくやっていくこと、

他人から受け入れられ認められることえお求めます。」

 

社会の流れとしてはこうです。

 

伝統志向型→内部指向型→他人指向型です。

 

そしてこの他人指向型が現代人の孤独と不安と作り出していると考えます。

 

 そもそも孤独や不安は感じたくないと思います。

 

不安な妄想が不安を助長させます。

 

そのことを考えれば考えるほど不安になる。

 

負の連鎖です。

 

そこで私たちは何かに逃避します。

 

何かとは、例えば友達と遊んだり酒を飲んだり歌ってみたりと誤魔化して生きることです。

 

わるく言っているように思えますがこれらはとても大事なことです。

 

もしこれらをしなければ気が狂ってうつ病になるかもしれません。

  

孤独と不安には一生付き合っていかなければなりません。

 

そこで私たちは癒しを求め親密な関係をつくります。

 

それは家族や恋人、親友などです。 

 

ここで皮肉があります。

 

最も愛する相手が最もあなたを苦しめます。

 

その人との愛別離苦がまさにそうです。

  

幸福と悲しみは表裏一体です。

 

これを知り絶望する必要はありません。

 

自分なりの付き合い方を知ればいいのです。

 

大事なのは自己分析であり自覚です。

 

思考が負のスパイラルに陥るときはそのことを考えすぎているときです。

 

そこから抜け出すには没頭する時間を増やすのです。

 

あなたもこれまで時間を忘れるほど何かに没頭したことが一度はあると思います。

 

それは自分とその物事が一体になったような感覚です。

 

まさに集中しようという意識すらないぐらい集中している状態です。

 

これを「フロー状態」といいます。

 

このとき不安や孤独といった感覚はなく、むしろ幸福感に近いものを感じます。

 

これは主にその人が好きなものに没頭しているとき表れやすいです。

 

幸福に生きていくうえで大事なことはいかに孤独と不安と上手く向き合い付き合うかです。

 

 

あなたはどう生きたいですか?